したよウ。』と怒鳴つた。濃い煙が、眩しい野末の青葉の上に見える。
二
凄じい地響をさせて突進して來た列車が停ると、信吾は手づから二等室の扉《ドア》を排《あ》けて身輕に降り立つた。乘降の客や驛員が、慌しく四邊《あたり》を驅ける。汽笛が澄んだ空氣を振はして、汽車は直ぐ發《た》つた。
荷札《チェッキ》扱ひにして來た、重さうな旅行鞄を、信吾が手傳つて、頭の禿げた松藏に背負してる間に、靜子は熟々《つく/″\》其容子を見てゐた。ネルの單衣に涼しさうな生絹《きぎぬ》の兵子帶、紺キャラコの夏足袋から、細い柾目の下駄まで、去年の信吾とは大分違つてゐる。中肉の、背は※[#「女+亭」、第3水準1−15−85]乎《すらり》として高く、帽子には態《わざ》と徽章も附けてないから、打見には誰にも學生と思へない。何處か厭味のある、ニヤケた顏ではあるが、母が妹の靜子が聞いてさへ可笑い位自慢してるだけあつて、男には惜しい程|肌理《きめ》が濃《こまか》く、色が白い。秀でた鼻の下には、短い髭を立ててゐた。それが怎《どう》やら老けて見える。老けて見えると同時に、妹の目からは、今迄の馴々しさが顏から消え失せた
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