した證《しるし》は額の小皺に爭はれない。
『胃の所爲《せゐ》ですな。』と頷いて、加藤は新しい手巾《ハンカチ》で手を拭き乍ら坐り直した。
『で何です、明日からタカヂヤスターゼの錠劑を差上げて置きますから、食後に五六粒宛召上つて御覽なさい。え? 然《さ》うです。今までの水藥と散劑の外にです。碎くと不味《まづ》う御座いますから、微温湯《ぬるまゆ》か何かで其儘お嚥みになる樣に。』と頤を突出して、喉佛を見せて嚥み下す時の樣子をする。
見るからが人の好さ相な、丸顏に髭の赤い、デップリと肥つた、色澤《つや》の好い男で、襟の塞つた背廣の、腿《もゝ》の邊が張り裂けさうだ。
茶を運んで來た靜子が出てゆくと、奧の襖が開いて、卷莨の袋を掴んだ信吾が入つて來た。
『や、これは。』と加藤は先づ挨拶する、信吾も坐つた。
『ようこそ。暑いところを毎日御足勞で……。』
『怎う致しまして。昨日は態々お立寄り下すつた相ですが、生憎と芋田の急病人へ行つてゐたものですから失禮致しました。今度町へ被來《いらし》たら是非|何卒《どうか》。』
『ハ、有難う。これから時々お邪魔したいと思つてます。』と莨に火を點《つけ》る。
『何卒
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