とは、その月までも屆くかと、風なき空に漂うてゆく。――華やかな舞樂の場から唯一人歸る智惠子は、急に己が宿が厭になつた。
と言つて、足は矢張り宿の方へ動く。送つて來てくれぬ男を怨めしくも思つた。あの人が東京へ歸ると、屹度今夜のことを手紙に書いて寄越すだらうと思つた。そして、二人の間に取交された約束が、唯一生忘るまいといふ事だけなのを思つて、智惠子は今夜といふ今夜、初めて切實に、それだけでは物足らぬことを感じた。智惠子も女である。力強き男の腕に抱かれたら、あはれ、腹の痛みも忘れようものを!
二町許り來る、と智惠子は俄かに足を早めた。不圖、怺《こら》へきれぬ程に便氣を催して來たので。
六
程なく吉野や靜子等も歸路に就いた。信吾には遂に逢はなかつた。吉野は智惠子の病氣の氣に懸らぬではないが、寄つて見る譯にも行かぬ。
それから小一時間も經つた。
富江の宿の裏口が開いて、月影明るい中へヒョクリと信吾が出た。續いて富江も出た。
『好い月!』恁《か》う富江が言つた。信吾は自ら嘲る樣な笑ひを浮べて、些《ち》と空を仰いだが別に興を催した風もない。ハヽヽと輕く笑つた。
太皷の響
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