ど、お母さんも少し酷《ひど》いわね、昌作叔父さんに。私時々さう思ふ事があつてよ。』
『それや昌作さんが惡いんだ。そして今は何をしてるだらう? 唯遊んでるのか?』
『歌を作つてるのよ。新派の歌。』
『歌? 那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》格好してて歌作るの? ハハハ。』
『仲々得意よ。そして少し天狗になつてるけど、眞箇《ほんと》に巧いと思ふのもあるわ。』
『莫迦な。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》事してるから駄目なんだ。少し英語でも勉強すれや可いのに。』
 この時、重い地響が背後《うしろ》に聞えた。二人は同時に振返つて見て、急がしく線路の外に出た。信吾の乘つて來た列車と川口驛で擦違つて來た、上りの貨物列車が、凄じい音を立てて、二人の間を飛ぶが如くに通つた。

   其二

      一

 人通りの少い青森街道を、盛岡から北へ五里、北上川に架けた船綱橋《ふなたばし》といふを渡つて六七町も行くと、若松の並木が途絶《とだ》えて見すぼらしい田舍町に入る。兩側百戸足らずの家並の、
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