出懸けになつたんで御座いますか?』
『昌作と二人です、今朝出たつ限《きり》まだ歸らないんですが、多分|貴女《あんた》ン許《とこ》かと思つて伺つたんです。』
 何故此家に居ると思つたか、此家に來ると其人が言つて出たのか、又、若し眞に用があるのなら、午前中確かに居た筈の加藤へ行つて聞けば可い。言ひ方は樣々あつたが、智惠子は膝に目を落して、唯『否。』と許り。
 危《あぶ》ない藝當を行《や》つてるといふ樣な氣がして、心が咎める。
『はてナ。』と、信吾はまた大袈裟に考へ込む態《さま》を見せて、『實は何です、家に親類の者が來てゐて僕は今朝出られなかつたんですが、一寸今、用が出來たもんですから探しに來たんです。』
『何方《どちら》か外にお尋ねになつたんで御座いますか?』
『否《いゝえ》、』と信吾は少し困つて、『……眞直に此方へ。』
『此家《こゝ》へ被來《いらつしや》るとでも被仰《おつしや》つて、お出懸けになられたんで御座いますか?』
『然うぢやないんですが、唯、多分然うかと思つたんで。』
『奈何《どう》してで御座いますか?』
『ハッハハ。』と、男は突然大きく笑つた。『違ひましたね。それぢや何處へ行つ
前へ 次へ
全201ページ中124ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング