出來る事ですとも。』また笑つて、『その何ですよ、過日《こなひだ》、否《いや》昨日か、神山樣にも一日お願ひしたんですがね。その、私は鮎釣に行きますから、御都合の可い時一日學校に被來《いらつしや》つて下さいませんか?』
『は、可《よ》う御座いますとも。何日《いつ》でも貴方の御出懸けになる時は、あの大抵の日は小使をお寄越し下されば直ぐ參ります。』
『然うですか。ぢやお願ひ致しますよ、濟みませんが。』
『何日でも……。』と言つて智惠子は、足早に裏の方に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。
裏は直ぐ雜木の山になつて、下暗い木立の奧がこんもりと仰がれる。校舍の屋根に被《かぶ》さる樣になつた青葉には、楢もあれば、栗もある。鮮やかな色に重なり合つて。
便所の後ろになつてゐる上り口から、智惠子はスタスタと坂を登つた。
木立の中から、心地よく濕つた風が顏へ吹く。と、そのこんもりした奧から樂しさうな晝杜鵑《ひるほとゝぎす》の聲。
聲は小迷《さまよ》ふ樣に、彼方此方《あちこち》、梢を渡つて、若き胸の轟きに調べを合せる。
智惠子は躍る樣な心地になつて、つと青葉の下蔭に潜り込んだ。
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