やね。……とまあ言つて見たんさ、我身に引較べてね。』
『ハハヽヽ。君にも似合はんことを言ふぢやないか。』とゴロリ横になる。
其處へ、庭に勢ひのいゝ下駄の音がして、昌作が植込の中からヒョックリと出て來た。今しも町から歸つて來たので。
『やあ、お歸りになりましたな。』と吉野に聲をかける。
『否、も少し先に。今日も貴方は鮎釣でしたか?』
『否《いゝえ》。』と無造作に答へて縁側に腰を掛けた。『吉野さん、貴方、日向さんと同じ汽車でしたらう?』
『え?』と靜子が聞耳を立てる。
『然う、然う。』と、吉野は今迄忘れてゐたと言つた樣に言つて、靜子の方に向いた。『それ、過日《こなひだ》橋の上に貴女と二人立つてゐた方ですね。あの方と今日同じ汽車に乘りましたよ。』
『あら智惠子さんと。然うでしたか! よくお解りになりましたね。』と莞爾《につこり》、何氣なく言つた。
『否《いや》その、何です、今話した渡邊の家で紹介されたんです。渡邊の妹君《シスタア》と親友なんださうで、偶然同じ家に泊つた譯なんです。』と、吉野は急しく眼をぱちつかせ乍ら、無意識に煙草に手を出す。
『オヤ然うでしたの!』
『然うかい!』と信吾も驚
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