んだな。ハハヽヽ好い氣味だ。』
『口の惡い! 何が好い氣味なもんですか。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》事を言ふとお茶菓子を買ひませんよ。』と睨んで見せる。
『フム。』と昌作は妙に濟し込んで、『御勝手に。』
『まあ口許りぢやない人が惡くなつたよ、子供の癖に!』と言ひながら、手を延ばして呼鈴の綱を引いて、
『然う/\、一昨日は御馳走樣。お客樣はまだ歸つてらつしやらないの?』
『あーい。』と彼方で眠さうな聲。
『まだ。今日か明日歸るさうだ。吉野|樣《さん》がゐないと俺は薩張《さつぱ》り詰らないから、今日は莫迦に暑いけれども飛出して來たんだ。』
『生憎と日向樣もまだ歸らないの。』と富江は調戲《からか》ふ眼附で青年の顏を見た。其處へ白髮頭の小使が入つて來て用を聞いたので、女は何かお菓子を買つて來いと命ずる。
『そら、到頭買うんだ。』と昌作はしたり顏。
『私が喰べるのですよ、誰が昌作さんなんかに上げるもんですか。』と減《へ》らず口を叩《たゝ》いて、
『よ、昌作さん、ハイカラの智惠子さんもまだ歸らないの。』
『フム。』
『何がフムですか。昌
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