》めて來るし、あゝして毎日|碌々《ごろ/\》してゐて何をする積りなんですか。私は這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》性質ですから諄々《つべこべ》言つて見ることも御座いますが、人の前ぢや眼許りパチパチさしてゐて、カラもう現時《いま》の青年《わかいもの》の樣ぢやありませんので。お宅にでも伺つた時は何とか忠告して遣つて下さいましよ。』
『ハハヽヽ。否、昌作さんにした所で何か屹度大きい御志望を有つて居られるんでせうて。それに何ですな、譬へ何を成さるにしても、あの御體格なら大丈夫で御座いますよ。……昌作さんも何ですが(と信吾を見て)失禮乍ら貴君も好い御體格ですな。五寸……六寸位はお有りでせうな? 何方がお高う御座います?』
氣の無い樣な顏をして煙りを吹いてゐた信吾は、『さあ、何方ですか。』と、吐月峯《はいふき》に莨の吸殼を突込む。
『何方ももう背許り延びてカラ役に立ちませんので、……電信柱にでも賣らなけや一文にもなるまいと申してゐますんで。ホホヽヽヽ。』と、お柳は取つて附けた樣に高笑ひする。加藤も爲方なしに笑つた。
十分許り經つて加藤は自轉車で歸つて行つた。信吾は玄關から直ぐ書齋の離室《はなれ》へ引返さうとすると
『信吾や、まあ可いぢやないか。』と言つて、お柳は先刻の座敷に戻る。
『お父樣は今日も役場ですか?』と、信吾は縁側に立つて空を眺めた。
『然《さ》うだとさ、何の用か知らないが……町へ出さへすれや何日でも昨晩の樣に醉つぱらつて來るんだよ。』と、我子の後姿を仰ぎ乍ら眉を顰める。
『爲方がない、交際だもの。』と投げる樣に言つて、敷居際に腰を下した。
『時にね。』とお柳は顏を和《やはら》げて、『昨晩の話だね。お父樣のお歸りで其儘になつたつけが、お前よく靜に言つてお呉れよ。』
『何です、松原の話?』
『然うさ。』と眼をマヂ/\する。
信吾は霎時《しばらく》庭を眺めてゐたが、『まあ可いさ。休暇中に決めて了つたら可いでせう?』と言つて立上る。
『だけどもね……。』
『任《まか》して置きなさい。俺も少し考へて見るから。』と叱り附ける樣に言つて、まだ何か言ひたげな母の顏を上から見下した。そして我が室へは歸らずに、何を思つてか昌作の室の方へ行つた。
三
穢苦《むさくる》しい六疊室の、西向の障子がパッと明るく日を
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