ぐち》を吐く! 暑いところを能《よ》くやつて來ましたね。』
『貴方が晝寢してるだらうから、起して上げようと思つて。』
『屹度神山さんが來ると思つたから、恁うしてチャンと起きて待つてたんですよ。』
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》事誰方から習つて? ホホヽヽまア何といふ呆然《ぼんやり》した顏! お顏を洗つて被來いな。』と言ひ乍ら、遠慮なく坐つた。
『敵《かな》はない、敵はない。それぢや早速仰せに從つて洗つて來るかな。』
『然《さ》うなさいな。もう日が暮れますから。』と言つて、無雜作に其處に落ちてゐる小形の本を取る。
立ち上つた信吾は、『ア、其奴《そいつ》ア可《い》けない。』と、それを取返さうとする。
娘らしい態《しな》をして、富江は素早く其手を避けた。『何ですの、これ? 小説?』
黄ろい本の表紙には、[#ここから横組み]“True Love”[#ここで横組み終わり]と書かれた。文科の學生などの間に流行《はや》つてゐる密輸入のアメリカ版の怪しい書だ。
『ハッハハ。』と信吾は手を引込ませて、『まア小説みたいなもんでサ。』
『みたいなナンテ……確乎《しつかり》教へたつて好いぢやありませんか? 私は讀めるんぢやなし……。』
『それが讀めたら面白いですよ。』と、信吾はニヤ/\笑つてゐる。
『日向|樣《さん》の眞似をして私も英語をやりませうか?』と言つて、富江は皮肉に笑つてる眼で男を仰いだ。
そして直ぐ何か思出した樣に聲を落して、『然う/\信吾さん、面白い話がありますよ。』
『甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》?』
『まアお顏を洗つてらつしやいな。』
三
顏を洗つて來た信吾は、氣も爽々《さつぱり》した樣で、ニヤ/\笑ひながら座についた。
『あら、貴方のお髭は洗つても落ちませんね。』
『冗談ぢやない。それより何です、面白い話といふのは?』
『詰らない事ですよ。』
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に自重《もた》せなくても可いぢやないですか?』
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に聞きたいんですか?』
『貴女《あなた》が言ひ出して
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