無いと申しまして……。』と、流石は世慣れた齢だけに厚く礼を述べる。
『辛いわ、私!』と智恵子は言つた。
『何も私なんかに然う被仰《おつしや》る事はなくつてよ、小母さんの様に立派な心掛を有つてる人は、神様が助けて下さるわ。』
『真箇《ほんと》に先生、生きた神様つたら先生の様な人かと思ひまして……。』
『マア!』と心から驚いた様な声を出して、智恵子は清《すず》しい眼を瞠《みは》つた。『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》事被仰るもんぢやないわ。』
『ハ。』と言つてお利代は俯いた。今の言葉を若しやお諂辞《せじ》とでも取られたかと思つたのだらう。手は無意識に先刻《さつき》の手紙に行く。
『アラ小母さん、お手紙御覧なさいよ。何処から?』
『ハ?』と目を上げて、『函館からですの。……アノ、梅の父から。』と心持|極悪気《きまりわるげ》に言ふ。
『マア然う?』と軽く言つたが、悪い事を訊いたと心で悔んで。
『アノ先月……十日許り前にも来たのを、返事を遣らなかつたもんですから……』
と言つてる時、門口に人の気勢《けはひ》。
『日向さんは?』
『静子さん
前へ
次へ
全217ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング