まいき》らしい十七八の書生が障子を開けた。其処は直ぐ薬局で、加藤の弟の代診をしてゐる慎次が、何やら薄紅い薬を計量器《メートルグラス》で計つてゐた。
『や、小川さんですか。』と計量器《メートルグラス》を持つた儘で、『さ何卒《どうぞ》お上り下さいまし。』と、無理に擬《ま》ねた様な訛言《なまり》を使つた。
 そして、『姉様《ねえさん》、姉様。』と声高く呼んで、『兄もモウ帰る時分ですから。』
『ハ、有難う。妹は参つてゐませんですか?』
 其処へ横合の襖が開いて清子が出て来た。信吾を見ると、『呀《あ》。』と抑へた様な声を出して、膝をついて、『ようこそ。』と言ふも口の中。信吾はそれに挨拶をし乍らも、頭を下げた清子の耳の、薔薇《さうび》の如く紅きを見のがさなかつた。
『さ何卒《どうぞ》。静子さんも待つてらつしやいますから。』
『否《いや》、然《さ》うしては……。』と言はうとしたのを止して、信吾は下駄を脱いだ。処女《むすめ》らしい清子の挙動《しうち》が、信吾の心に或る皮肉な好奇心を起さしめたのだ。

     (二)の五

 二十分許り経つて、信吾|兄妹《きやうだい》は加藤医院を出た。
 一筋町を北へ
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