の要求《のぞみ》と戦つた。ツイ四五日前までは不見不知《みずしらず》の他人であつた若い美しい女と、恁《か》うして唯二人人目も無き橋の上に並んでゐると思ふと、平生《へいぜい》烈しい内心の圧迫を享け乍ら、遂《つい》今迄その感情の満足を図《はか》らなかつた男だけに、言ふ許りなき不安が、『男は死ぬまで孤独《ひとりぼつち》だ!』といふ渠《かれ》の悲哀《かなしみ》と共に、胸の中に乱れた。
 若しも智恵子が、渠の嘗《かつ》て逢つた様な近づき易き世の常の女であつたなら、渠は直ぐに強い軽侮の念を誘ひ起して、自《みづか》ら此不安から脱れたかも知れぬ。然し眼前の智恵子は、渠の目には余りに清く余りに美しく、そして、信吾の所謂|近代的女性《モダーンウーマン》で無いことを知つた丈に其不安の興奮が強かつた。自制の意《こころ》が酔醒《よひざめ》の佗しさをかき乱した。豊かな洗髪を肩から背に波打たせて、眤《じつ》と川原に目を落して、これも烈しく胸を騒がせてゐる智恵子の歴然《くつきり》と白い横顔を、吉野は不思議な花でも見る様に眺めてゐた。
 と、飛び交ふ螢の、その一つが、スイと二人の間を流れて、宙に舞ふかと見ると、智恵子の肩
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