。』
 連立つて停車場《ステーシヨン》を出た。静子は、際どくも清子の事を思浮べて、杖形《すてつきがた》の洋傘《かさ》を突いた信吾の姿が、吾兄ながら立派に見える、高が田舎の開業医づれの妻となつた彼《あ》の女《ひと》が、今度この兄に逢つたなら、甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》気がするだらうなどと考へてゐた。
 二町許りも構内の木柵に添うて行くと、信号柱《シグナル》の下で踏切になる。小川家へ行くには、此処から線路伝ひに南へ辿つて、松川の鉄橋を渡るのが一番の近道だ。二人の小妹《いもうと》は、早く帰つて阿母《おつか》さんに知らせると言つて、足調《あしなみ》揃へてズン/\先に行く。松蔵は大跨にその後に跟《つ》いた。
 信吾と静子は、相並んで線路の両側を歩いた。梅雨後《つゆあがり》の勢のよい青草が熱蒸《いき》れて、真面《まとも》に照りつける日射が、深張の女傘《かさ》の投影《かげ》を、鮮かに地《つち》に印《しる》した。静子は、逢つたら先づ話して置かうと思つてゐたことも忘れて、この夏は賑やかに楽く暮せると思ふと、もう怡々《いそいそ》した心地になつた。
『皆が折角待つてることよ。』
『然《さ》うか。実は此夏少し勉強しようと思つたんだがね。』
『勉強は家《うち》でだつて出来ない事なくつてよ。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》にお邪魔しないわ。』
『それも然うだが、小供が大勢ゐるからな。』
『だつて阿母《おつか》さんが那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》に待つてますもの。』
『その阿母さんの病気ツてな甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》だい? タント悪いんぢやないだらう?』
『えゝ、其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に悪いといふ程ぢやないんですけど……。』
『臥《ね》てゐるか?』
『臥たり起きたり。例《いつも》のリウマチに、胃が少し悪いんですつて。』
『胃の悪いのは喰過ぎだ。朝《あさ》ツから煙草許り喫《の》んでゐて、躰屈《たいくつ》まぎれに種々《いろん》な物を間食するから悪いんだよ。』
『でもないでせうが、一体阿母さ
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