第十八號室より
石川啄木
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)痒《かゆ》く
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)そろ/\
−−
一
いつとなく腹が膨れ出した。たゞそれだけの事であつた。初めは腹に力がたまつたやうで、歩くに氣持が可かつた。やがてそろ/\膨れが目に付くやうになつた時は、かうして俺も肥えるのかと思つた。寢たり起きたりする時だけは、臍のあたりの筋肉が少し堅くなり過ぎるやうだつたが、それも肥滿した人の起居の敏活でないのは、矢つぱりかうした譯だらう位に思ひ過ごしてゐた。痛くも痒《かゆ》くもなかつた。
或日友人に、「君の肥り出した時も、最初は腹からぢやなかつたか。」と聞いて見た。以前はひよろひよろ痩せてゐたのが、久しぶりで去年逢つた時からメリケン粉の袋のやうに肥つてゐる男である。友人は眞面目な顏をして、「そんな事はない。身體全體が何時となく肥つて來たのだ。」と言つた。予は思はず吹き出した。さうして、成程さうに違ひない、腹だけ先に肥る筈はないと思つた。
それから愈入院するまでには、十日ばかりの間があつ
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