た。腹は日に/\重くなり、大きくなつて、絶えず予を壓迫した。うん/\唸つてみたいと思ふこともあつた。帶を解いてランプの光に曝して見ると、下腹の邊の皮がぴか/\光つてゐた。夜は夜つぴて夢を見た。盜汗《ねあせ》も出た。さうして三時間も續けて仕事をするか、話をすると、未だ嘗て覺えたことのないがつかりした疲勞が身體を包んで、人のゐない處へ行つて横になりたいやうな氣分になつた。それでも予は、恰度二重の生活をしてゐる今の世の多くの人々が、其の生活の上に數限りなく現れて來る不合理を見て見ぬふりをしてゐるやうに、それらの色々の不健康な現象が唯一つの原因――腹の仕業であるといふことに考へ着いたことはなかつた。友人の勸めで初めて青柳學士の診察を受けて、慢性腹膜炎といふ名を附けられ、入院しなければならぬと申し渡された時は、結局はそれを信ぜねばならぬと思ひながらも、まだ何か嚇《おど》かされたやうな氣持がしてゐた。予は予と同じ場合に臨んだ人の誰もが發するやうな問を後から/\と發した。しかし學士の目はその問のために少しも動かなかつた。學士の目は何う見ても醫者らしい目であつた。予は遂にその目に負けねばならなかつた。
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