だよ。』
『ハイ。そでごあんすどもなす、先生樣、兄弟何方も一年生だら、可笑《をかし》ごあんすべアすか?』と、老女は鐵漿《おはぐろ》の落ちた齒を見せて、テレ隱しに追從笑ひをした。
『構うもんか。弟が内務大臣をして兄は田舍の郡長をしてゐた人さへある。一緒な位何でもないさ。』
『ハイ。』
『婆さんの理窟で行くと、兄が死ねば弟も死なゝけれアならなくなる。俺の姉は去年死んだけれども俺は恁して生きてゐる。然うだ。過日《こなひだ》死んだ馬喰《ばくらふ》さんは、婆さんの同胞《きようだい》だつていふぢやないか?』
『アッハヽヽ。』と居並ぶ百姓達は皆笑つた。
『婆さんだつて其通りチャンと生きてゐる。ハヽヽ。兎に角弟の方も今年から寄越すさ。明日《あす》と明後日は休みで、四日から授業が始まる。その時|此兒《これ》と一緒に。』
『ハイ。』
『眞箇《ほんとう》だよ。寄越さなかつたら俺が迎ひに行くぞ。』
 さう言ひながら立ち上つて、健は孝子の隣の卓に行つた。
『お手傳ひしませう。』
『濟みませんけれど、それでは何卒《どうぞ》。』
『あ、もう八時になりますね。』と、渠は孝子の頭の上に掛つてゐる時計を見上げた目を移して
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