『何をです?』
『何をツて。其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》に白ばくれなくても可《よ》ごあんすべ。出したすか? 出さねえすか?』
『だから何をさ?』
『解らない人だなア。辭表をす。』
『あゝ、その事《こつ》ですか。』
『出したすか? 出さねえすか?』
『何故《なぜ》?』
『何故ツて。用があるから訊くのす。』
よくツケ/\と人を壓迫《おしつ》ける樣な物言ひをする癖があつて、多少の學識もあり、村で健が友人扱ひをするのは此男の外に無かつた。若い時は青雲の夢を見たもので、機會あらば宰相の位にも上らうといふ野心家であつたが、財産のなくなると共に徒らに村の物笑ひになつた。今では村會議員に學務委員を兼ねてゐる。
『出しましたよ。』と、健は平然として答へた。
『眞箇《ほんと》ですか?』と東川は力を入れる。
『ハハヽヽ。』
『だハンテ若い人は困る。人が甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》に心配してるかも知らないで、氣ばかり早くてさ。』
『それ/\、煙草の火が膝に落ちた。』
『これだ!』と、呆れたやうな
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