、渠自身に注がれてゐるのに氣が附いた。例《いつも》の事ながら、何となき滿足が渠の情を唆かした。そして、幽かに脣を歪めて微笑《ほゝゑ》んだ。其處にも此處にも、幽かに微笑んだ生徒の顏が見えた。
校長の話の濟んで了ふまでも、渠は其處から動かなかつた。
それから生徒は、痩せた體の何處から出るかと許り高い渠の號令で、各々その新しい教室に導かれた。
四人の職員が再び職員室に顏を合せたのは、もう十一時に間のない頃であつた。學年の初めは諸帳簿の綴變《とぢか》へやら、前年度の調べ物の殘りやらで、雜務が仲々多い。四人はこれといふ話もなく、十二時が打つまでも孜々《せつせ》とそれを行つてゐた。
『安藤先生。』と孝子は呼んだ。
『ハ。』
『今日の新入生は合計で四十八名でございます。その内、七名は去年の學齡で、一昨年のが三名ございますから、今年の學齡で來たのは三十八名しかありません。』
『然うでごあんすか。總體で何名でごあんしたらう?』
『四十八名でございます。』
『否《いゝえ》、本年度の學齡兒童數は?』
『それは七十二名といふ通知でございます、役場からの。でございますから、今日だけの就學歩合では六十六、六
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