生徒が、ワヤ/\と騷いでゐた。秋野は其間を縫つて歩いて、『先の場所へ列ぶのだ、先の場所へ。』と叫んでゐるが、生徒等は、自分達が皆及第して上の級に進んだのに、今迄の場所に列ぶのが不見識な樣にでも思はれるかして、仲々言ふことを聞かない。と見た健は、號令壇を兼ねてゐる階段の上に突立つて、『何を騷いでゐる。』と呶鳴つた。耳を聾する許りの騷擾《さわぎ》が、夕立の霽れ上る樣にサッと收つて、三百近い男女の瞳はその顏に萃まつた。
『一同《みんな》今迄の場所《ところ》に今迄の通り列べ。』
ゾロ/\と足音が亂れて、それが鎭まると、各級は皆規則正しい二列縱隊を作つてゐた。闃乎《ひつそり》として話一つする者がない。新入生の父兄は、不思議相にしてそれを見てゐた。
渠は緩りした歩調で階段を降りて、秋野と共に各級をその新しい場所に導いた。孝子は新入生を集めて列を作らしてゐた。
校長が出て來て壇の上に立つた。密々《ひそ/\》と話聲が起りかけた。健は後ろの方から一つ咳拂ひをした。話聲はそれで又鎭まつた。
『えゝ、今日から明治四十年度の新しい學年が始まります……』と、校長は兩手を邪魔相に前で揉みながら、低い、怖々し
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