、直ぐ消えて了ふ。と、渠は不揃ひな火箸を取つて、白くなつて小く殘つてゐる其灰を突く。突いて、突いて、そして上げた顏は平然《けろり》としてゐる。
 孝子は氣の毒さに見ぬ振りをしながらも、健の其態度をそれとなく見てゐた。そして譯もなく胸が迫つて泣きたくなることがあつた。其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]時は、孝子は用もない帳簿などを弄《いぢく》つて、人後《ひとあと》まで殘《のこ》つた。月給を貰つた爲めに怡々《いそ/\》して早く歸るなどと、思はれたくなかつたのだ。
 孝子の目に映つてゐる健は、月給八圓の代用教員ではなかつた。孝子は或る時その同窓の女友達の一人へ遣つた手紙に、この若い教師のことを書いたことがある。若しや詰らぬ疑ひを起されてはといふ心配から、健には妻子のあることを詳しく記した上で、
『私の學校は、この千早先生一人の學校と言つても可い位よ。奧樣やお子樣のある人とは見えない程若い人ですが、男生でも女生でも千早先生の言ふことをきかぬ者は一人もありません。そら、小野田教諭がいつも言つたでせう――教育者には教育の精神を以て教へる人と、教育の形式で教へ
前へ 次へ
全40ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング