ハヽヽ。兎に角弟の方も今年から寄越すさ。明日《あす》と明後日《あさつて》は休みで、四日から授業が始まる。その時|此児《これ》と一緒に。』
『ハイ。』
『真箇《ほんたう》だよ。寄越さなかつたら俺が迎ひに行くぞ。』
 さう言ひながら立ち上つて、健は孝子の隣の卓に行つた。
『お手伝ひしませう。』
『済みませんけれども、それでは何卒《どうぞ》。』
『アもう八時になりますね。』と、渠《かれ》は孝子の頭の上に掛つてゐる時計を見上げた目を移して、障子一重で隔てた宿直室を、顎で指した。『まだ顔を出さないんですか?』
 孝子は笑つて点頭《うなづ》いた。
 その宿直室には、校長の安藤が家族――妻《さい》と二人の小供――と共に住んでゐる。朝飯《あさめし》の準備《したく》が今|漸々《やうやう》出来たところと見えて、茶碗や皿を食卓《ちやぶだい》に並べる音が聞える。無精者《ぶしやうもの》の細君は何やら呟々《ぶつぶつ》小供を叱つてゐた。
 新入生の一人々々を、学齢児童調書に突合して、健はそれを学籍簿に記入し、孝子は新しく出席簿を拵《こしら》へる。何本を買はねばならぬかとか、石盤は石石盤が可いか紙石盤が可いかとか、塗
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