は村会も開かれるのだから、兎も角もそれまでは是非待つて貰ひたいと言ふのでなす、それで畢竟《つまり》は種市助役の代理になつて、今俺ア飛んで来たどころす。解つたすか?』
『解るには解つたが、……奈何《どう》も御苦労でした。』
『御苦労も糞も無《ね》えが、なす、先生、然う言ふ訳だハンテ、何卒《どうか》一先《ひとまづ》戻して貰つてござれ。』
戻して貰へ、といふ、その「貰へ」といふ語《ことば》が驕持心《ほこり》の強い健の耳に鋭く響いた。そして、適確《きつぱり》した調子で言つた。
『出来ません、其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]事は。』
『それだハンテ困る。』
『御好意は充分有難く思ひますけれど、為方がありません、出して了つた後ですから。』
秋野も校長も孝子も、鳴《なり》を潜めて二人の話を聞いてゐた。
『出したと言つたところです、それが未だ学校の中にあるのだば、謂はゞ未だ内輪だけの事でアねえすか?』
『東川さん、折角の御勧告は感謝しますけれど、貴方は私の気性を御存知の筈です。私は一旦出して了つたのは、奈何《どう》あつても、譬へそれが自分に不利益であ
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