でゾロ/\と生徒の群り出づる時、中学校の門前に衛兵の如く立つて居て、出て来る人ひとり/\に慇懃《いんぎん》な敬礼を施した事や、或る時、美人の名の高かつた、時の県知事の令夫人が、招魂社の祭礼の日に、二人の令嬢と共に参拝に行かれた処が、社前の大広場、人の群つて居る前で、此男がフイと人蔭から飛び出して行つて、大きい浅黄色の破風呂敷《やれふろしき》を物をも云はず其盛装した令夫人に冠せた事などは、皆自分の嘗て親しく目撃したところであつた。彼には父もあり母もある、また家もある。にも不拘《かかはらず》、常に此新山堂下の白狐龕《びやつこがん》を無賃の宿として居るといふ事も亦、自分の聞き知つて居た処である。
異装の男の何人であるかを見定めてからは、自分は平生の通りの心地になつた。そして、可成彼に暁《さと》られざらむ様に息を殺して、好奇心を以て仔細に彼の挙動に注目した。
薄笑をして俯向き乍ら歩いてくる彼は、軈《やが》て覚束なき歩調《あしどり》を進めて、白狐龕の前まで来た。そして、礑《はた》と足を止めた。同時に『ウツ』と声を洩して、ヒヨロ高い身体を中腰にした。ヂリ/\と少許《すこし》づつ少許づつ退歩《あ
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