槿垣の下に、山の端はなれた許りの大満月位な、シツポリと露を帯びた雪白の玉菜《キヤベーヂ》が、六個《むつ》七個《ななつ》並んで居た。自分は、霜枯れ果てた此畑中に、ひとり実割れるばかり豊《ふくよ》かな趣を見せて居る此『野菜の王』を、少なからず心に嬉しんだ。
不図《ふと》、何か知ら人の近寄る様なけはひがした。菜園満地の露のひそめき乎《か》? 否々、露に声のある筈がない。と思つて眼を転じた時、自分はひやり[#「ひやり」に傍点]と許り心を愕《おどろ》かした。そして、呼吸《いき》をひそめた。
前にも云つた如く、今自分の前なる古い木槿垣は、稲荷社の境内と此野菜畑との境である。そして此垣の外僅か数尺にして、朽ちて見える社殿の最後の柱が立つて居る。人も知る如く、稲荷社の背面には、高い床下に特別な小龕《せうがん》が造られてある。これは、夜な/\正一位様の御使なる白狐が来て寝る処とかいふ事で、かの鰯の頭も信心柄の殊勝な連中が、時に豆腐の油揚や干鯡《ほしにしん》、乃至《ないし》は強飯《こはいひ》の類の心籠めた供物《くぶつ》を入れ置くところである。今自分は、落葉した木槿垣を透《すか》して、此白狐の寝殿を内部
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