白蘋《はくひん》君の奇談々々!』
『立花、貴様余ツ程気を付けんぢや不可《いかん》ぞ。よく覚えて居れツ。』
と怒鳴るや否や、須山教師の黒い姿は、忽ち暗中《あんちゆう》に没したのであつた。
自分は既に、五年振で此《この》市《し》に来て目前《まのあたり》観察した種々の変遷と、それを見た自分の感想とを叙べ、又|此《この》市《し》と自分との関係から、盛岡は美しい日本の都会の一つである事、此美しい都会が、雨と夜と秋との場合に最も自分の気に入るといふ事を叙べ、そして、雨と夜との盛岡の趣味に就いても多少の記述を試みた。そこで今自分は、一年中最も楽しい秋の盛岡――大穹窿《だいきゆうりゆう》が無辺際に澄み切つて、空中には一微塵《いちみじん》の影もなく、田舎口から入つて来る炭売|薪売《まきうり》の馬の、冴えた/\鈴の音が、市《まち》の中央《まんなか》まで明瞭《はつきり》響く程透徹であることや、雨滴《あまだれ》式の此市《ここ》の女性が、厳粛な、赤裸々な、明哲の心の様な秋の気に打たれて、『ああ、ああ、今年もハア秋でごあんすなッす――。』と口々に言ふ其微妙な心理のはたらきや、其処此処の井戸端に起る趣味ある会話
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