ぢやから、俺は赤髯(校長)のお目玉を喰つたのぢや、けしからん、不埓《ふらち》ぢや。其処で俺は三晩つづけて貴様に尾行した。一昨夜《をととひ》は呉服町で綺麗な簪《かんざし》を買つたのを見たから、何気なく聞いて見ると、妹へ遣るのだと嘘吐いたな。昨晩《ゆうべ》は古河端のさいかち[#「さいかち」に傍点]の樹の下で見はぐつた。今夜といふ今夜こそ現場《げんぢやう》を見届けたぞ。案の諚《ぢやう》大工町ぢやつた。貴様は本町へ行く位の金銭《ぜに》は持つまいもんナ。……ハハア、軍隊なら営倉ぢや。』
自分の困憊《こんぱい》の状察すべしである。恰《あたか》も此時、洋燈《ランプ》片手に花郷が戸を明けた。彼は極めて怪訝《くわいが》に堪へぬといつた様な顔をして、盛岡弁で、
『何《どう》しあんした?』
と自分に問うた。自分は急に元気を得て、逐一《ちくいち》事情を話し、更に須山に向いて、
『先生、此町は大工町ではごあんせん、花屋町でごあんす。小林君も淫売婦《ぢごく》ではごあんせんぜ。』と云つた。
須山は答へなかつたが、花郷は手に持つ洋燈を危気《あやふげ》に動かし乍ら、洒脱《しやだつ》な声をあげて叫び出した。
『立花|
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