何かを開いて、『うれしや水、鳴るは滝の水日は照るとも絶えず、………フム面白いな。』などと唸つてるところへ、腐れた汁がポタリ/\と、襟首に落ちやうと云ふもんだ。願くは、今自分の見て居る間《うち》に、早く何処かの内儀《おかみ》さんが来て、全体《みんな》では余計だらうが、アノ一番長い足一本だけでも買つて行つて呉れれば可《いい》に、と思つた。此家《ここ》の隣屋敷の、時は五月の初め、朝な/\学堂へ通ふ自分に、目も覚むる浅緑の此上《こよ》なく嬉しかつた枳殻垣《からたちがき》も、いづれ主人《あるじ》は風流を解《げ》せぬ醜男《ぶをとこ》か、さらずば道行く人に見せられぬ何等かの秘密を此屋敷に蔵して置く底《てい》の男であらう、今は見上げる許り高い黒塗の板塀になつて居る。それから少許《すこし》行くと、大沢河原から稲田を横ぎつて一文字に、幅広い新道《しんみち》が出来て居て、これに隣り合つた見すぼらしい小路《こうじ》、――自分の極く親しくした藻外といふ友の下宿の前へ出る道は、今廃道同様の運命になつて、花崗石《みかげいし》の截石《きりいし》や材木が処狭《ところせ》きまで積まれて、その石や木間から、尺もある雑草が離
前へ 次へ
全52ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング