は圓くて色が白い……。
 これと毫厘《がうりん》寸法《すんぱふ》の違はぬ女が、昨日の午過、伯母の家の門に來て、『お頼《だん》のまうす、お頼《だん》のまうす。』と呼んだのであつた。伯母は臺所に何か働いて居つたので、自分が『何處の女客ぞ』と怪しみ乍ら取次に出ると、『腹が減つて腹が減つて一足《ひとあし》も歩《ある》かれなエハンテ、何卒《どうか》何《なに》か……』と、いきなり手を延べた。此處へ伯母が出て來て、幾片かの鳥目を惠んでやつたが、後で自分に恁《かう》話した。――アレはお夏といふ女である。雫石《しづくいし》の旅宿なる兼平屋(伯母の家の親類)で、十一二の時から下婢をして居たもの。此頃其旅宿の主人が來ての話によれば、稚い時は左程でもなかつたが、年を重ぬるに從つて段々愚かさが増して來た。此年の春早く連合に死別れたとかで獨身者《ひとりもの》の法界屋が、其旅宿に泊つた事がある。お夏の擧動は其夜甚だ怪しかつた。翌朝法界屋が立つて行つた後、お夏は門口に出て、其男の行つた秋田の方を眺め/\、幾《いく》等叱つても嚇《おど》しても二時間許り家に入《はい》らなかつた。翌朝主人の起きた時、お夏の姿は何處を探して
前へ 次へ
全51ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング