大聖人の心の如く透徹な無邊際の碧穹窿《あをてんじやう》の直下、廣く靜な大逵《おほどほり》を、この哀れ果敢《はか》なき葬列の聲無く練り來るを見て、或る名状し難き衝動を心の底の底に感じた。そして、此光景は蓋し、天が自分に示して呉れる最も冷酷なる滑稽の一であらうなどと考へた。と又、それも一瞬、これも一瞬、自分は、『これは囚人の葬列だ。』と感じた。
 理由《いはれ》なくして囚人の葬式だナと、不吉極まる觀察を下すなどは、此際隨分突飛な話である。が、自分には其|理由《いはれ》がある。――たしか十一歳の時であつた。早く妻子に死別れて獨身《ひとり》生活《ぐらし》をして居た自分の伯父の一人が、窮迫の餘り人と共に何か法網に觸るる事を仕出來したとかで、狐森一番戸《きつねもりいちばんこ》に轉宅した。(註、狐森一番戸は乃ち盛岡監獄署なり。)此時年齡が既に六十餘の老體であつたので、半年許り經《た》つて遂々獄裡で病死した。此『悲慘』の結晶した遺骸を引取つたのは、今加賀野新小路に居る伯父である。葬式の日、矢張今日のそれと同じく唯六人であつた會葬者の、三人は乃ち新山堂の伯母さんとお苑さんと自分とであつた。自分は其時|稚
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