されて、いと物靜かに燃えて見える。五片六片、箒目見ゆる根方の土に散つて居るのもある。柵と櫻樹の間には一條の淺い溝があつて、掬《すく》はば凝つて掌上《てのひら》に晶《たま》ともなるべき程澄みに澄んだ秋の水が、白い柵と紅い櫻の葉の影とを浮べて流れて居る。柵の頭《かしら》の尖端々々《とがり/\》には、殆んど一本毎に眞赤な蜻蛉《とんぼ》が止つて居る。
 自分は、えも云はれぬ懷かしさと尊さに胸を一杯にし乍ら此の白門に向つて歩を進めた。溝に架《わた》した花崗岩《みかげいし》の橋の上に、髮ふり亂して垢光りする襤褸を著た女乞食が、二歳許りの石塊《いしくれ》の樣な兒に乳房を啣《ふく》ませて坐つて居た。其|周匝《めぐり》には五六人の男の兒が立つて居て、何か祕々《ひそ/\》と囁き合つて居る。白玉殿前、此一點の醜惡! 此醜惡をも、然し、自分は敢て醜惡と感じなかつた。何故なれば、自分は決して此土地の盛岡であるといふことを忘れなかつたからである。市の中央の大逵《おほどほり》で、然も白晝、穢ない/\女乞食が土下座して、垢だらけの胸を披《はだ》けて人の見る前に乳房を投げ出して居る! この光景は、大都乃至は凡ての他の大
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