凹凸の劇しい藪路、それを東に一軒許で、天神山に達する。しん/\と生ひ茂つた杉木立に圍まれて、苔蒸《こけむ》せる石甃《いしだゝみ》の兩側秋草の生ひ亂れた社前數十歩の庭には、ホカ/\と心地よい秋の日影が落ちて居た。遠くで鷄の聲の聞えた許り、神寂びた宮居は寂然《ひつそり》として居る。周匝《あたり》にひゞく駒下駄の音を石甃《いしだゝみ》に刻み乍ら、拜殿の前近く進んで、自分は圖らずも懷かしい舊知己の立つて居るのに氣付いた。舊知己とは、社前に相對してぬかづいて居る一双の石の狛《こまいぬ》である。詣づる人又人の手で撫でられて、其不恰好な頭は黒く膏光《あぶらびか》りがして居る。そして、其又顏といつたら、蓋し是れ天下の珍といふべきであらう。唯極めて無造作に凸凹《でこぼこ》を造《こしら》へた丈けで醜くもあり、馬鹿氣ても居るが、克《よ》く見ると實に親しむべき愛嬌のある顏だ。全く世事を超越した高士の俤、イヤ、それよりも一段《もつと》俗に離れた、俺は生れてから未だ世の中といふものが西にあるか東にあるか知らないのだ、と云つた樣な顏だ。自分は昔、よく友人と此處へ遊びに來ては、『石狛《こまいぬ》よ、汝も亦詩を解する奴
前へ
次へ
全51ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング