れた樣な唸りをあげる。と、此|市《まち》に天主教を少し許り響かせてゐる四家町《よつやちやう》の教會の鐘がガラン/\鳴り出した。直ぐに其の音を打消す他の響が傳はる。これは不來方《こずかた》城畔の鐘樓から、幾百年來同じ鯨音《おと》を陸奧《みちのく》の天《そら》に響かせて居る巨鐘の聲である。それが精確に十二の數を撞き終ると、今まであるかなきかに聞えて居た市民三萬の活動の響が、礑《はた》と許り止んだ。『盛岡』が今|今日《けふ》の晝飯を喰ふところである。
『オヤマア私とした事が、……御飯の仕度まで忘れて了つて、……』
といつて、伯母さんはアタフタと立つた。そして自分に云つた、
『浩さん、豆腐屋が來なかつたやうだつたね。』
此伯母さんの一擧一動が悉く雨の盛岡に調和して居る。
朝行つた時には未《ま》だ蓋が明かなかつたので食後改めて程近い錢湯へ行つた。大きい蛇目傘をさして、高い足駄を穿いて、街へ出ると、矢張自分と同じく、大きい蛇目傘、高い足駄の男女が歩いて居る。皆無言で、そして泥汁《どろ》を撥《は》ね上げぬ樣に、極めて靜々と、一足毎に氣を配つて歩いて居るのだ。兩側の屋根、低い家には、時に十何年前の
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