事ありげな――
春の夕暮の町を圧する
重く淀んだ空気の不安。
仕事の手につかぬ一日が暮れて、
何に疲れたとも知れぬ疲《つかれ》がある。

遠い国には沢山《たくさん》の人が死に……
また政庁に推寄《おしよ》せる女壮士《をんなさうし》のさけび声……
海には信天翁《あはうどり》の疫病
あ、大工《だいく》の家では洋燈《らんぷ》が落ち、
大工の妻が跳《と》び上る。


  柳の葉

電車の窓から入って来て、
膝《ひざ》にとまった柳の葉――

此処《ここ》にも凋落《てうらく》がある。
然《しか》り。この女も
定まった路を歩いて来たのだ――

旅鞄《たびかばん》を膝に載せて、
やつれた、悲しげな、しかし艶《なまめ》かしい、
居睡《ゐねむり》を初める隣の女。
お前はこれから何処《どこ》へ行く?


  拳

おのれより富める友に愍《あはれ》まれて、
或《あるひ》はおのれより強い友に嘲《あざけ》られて
くゎっと怒《いか》って拳《こぶし》を振上げた時、
怒《いか》らない心が、
罪人のやうにおとなしく、
その怒《いか》った心の片隅《かたすみ》に
目をパチ/\して蹲《うづくま》ってゐるのを見付けた――
たより
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