みしめ、
白犬は思ふさまのびをして
塵溜《ごみため》の蔭《かげ》に行く。
焼けつくやうな夏の日の下に、
おびえてぎらつく軌条《れーる》の心。
母親の居睡りの膝から辷り下りて
肥った三歳ばかりの男の児が
ちょこ/\と電車線路へ歩いて行く。
起きるな
西日をうけて熱くなった
埃《ほこり》だらけの窓の硝子《がらす》よりも
まだ味気《あぢき》ない生命《いのち》がある。
正体もなく考へに疲れきって、
汗を流し、いびきをかいて昼寝してゐる
まだ若い男の口からは黄色い歯が見え、
硝子越しの夏の日が毛脛《けずね》を照し、
その上に蚤《のみ》が這《は》ひあがる。
起きるな、起きるな、日の暮れるまで。
そなたの一生に涼しい静かな夕ぐれの来るまで。
何処《どこ》かで艶《なまめ》いた女の笑ひ声。
事ありげな春の夕暮
遠い国には戦《いくさ》があり……
海には難破船の上の酒宴《さかもり》……
質屋の店には蒼《あを》ざめた女が立ち、
燈光《あかり》にそむいてはなをかむ。
其処《そこ》を出て来れば、路次の口に
情夫《まぶ》の背を打つ背低い女――
うす暗がりに財布《さいふ》を出す。
何か
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