冠つた屋根の規則正しく幾列も、並んで居るのは、名にし聞ゆる空知の屯田兵村であらう。江部乙《えべおつ》駅を過ぎて間もなく、汽車は鉄橋にかゝつた。川もないのに鉄橋とは可笑《をかし》いと思つて、窓をあけると、傍人は「石狩川です」と教へて呉れた。如何様《いかさま》川には相違ないが、岸から岸まで氷が張詰めて居て、其上に何尺といふ雪が積つてあるのだから、一寸見ては川とも何とも見えぬ。小学校に居る頃から石狩川は日本一の大河であると思つて居た。日本一の大河が雪に埋れて見えぬと聞いたなら、東京辺の人などは何といふであらう。
 此辺は、北海道第一の豊産地たる石狩平野の中でも、一番地味の饒《ゆた》かな所だと、傍人はまた教へて呉れた。
 雑誌など読み耽つてゐるうちに汽車は何時しか山路にかゝつた。雪より雪に続いて、際限がないと思つて居た石狩の大原野も、何時の間にか尽きて了つたと見える。軈《やが》て着いた停車場は神威古潭《かむゐこたん》駅と云ふ、音に高き奇勝は之かと思つて窓を明けた。「温泉へ五町、砂金採取所へ八町」と札が目についた。左の方、崖下を流るゝ石狩川の上流は雪に隠れて居る。崖によつて建てられた四阿《あづま
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