ゆきき》、碧い海の声の白さは降る雪よりも美しい。朝里張碓《あさりはりうす》は斯くて後になつて、銭函《ぜにばこ》を過ぐれば石狩の平野である。
 午後一時二十分札幌に着いて、東泉先生は一人下車せられた。明日旭川で落合ふといふ約束なのである。降りしきる雪を透して、思出多き木立の都を眺めた。外国振《とつくにぷり》[#ルビの「とつくにぷり」はママ]のアカシヤ街も見えぬ。菩提樹の下に牛遊ぶ「大いなる田舎町」の趣きも見えぬ。降りに降る白昼《まひる》の雪の中に、我が愛する「詩人の市《まち》」は眠つて居る、※[#「闃」の「目」に代えて「自」、14−9]《げき》として声なく眠つて居る。不図気がつけば、車中の人は一層少くなつて居た。自分は此時初めて、何とはなく己が身の旅にある事を感じた。
 汽笛が鳴つて汽車はまた動き出した。札幌より彼方《むかう》は自分の未だ嘗《かつ》て足を入れた事のない所である。白石|厚別《あつべつ》を過ぎて次は野幌《のつぽろ》。睡眠不足で何かしら疲労を覚えて居る身は、名物の煉瓦餅を買ふ気にもなれぬ。江別も過ぎた。幌向《ほろむい》も過ぎた。上幌向の停車場の大時計は、午後の三時十六分を示して
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