てた、廢郷かの樣に闃乎《ひつそり》としてゐる。今日は誰々が顏色が惡かつたと、何れ其※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《そんな》事のみが住民の心に徂徠《ゆきき》してるのであらう。
其重苦しい沈默の中に、何か怖しい思慮が不意に閃く樣に、此のトッ端《ぱずれ》の倒《のめ》りかゝつた家から、時時パッと火花が往還に散る。それは鍛冶屋で、トンカン、トンカンと鐵砧《かなしき》を撃つ鏗《かた》い響が、地の底まで徹る樣に、村の中程まで聞えた。
其隣がお由と呼ばれた寡婦《やもめ》の家、入口の戸は鎖されたが、店の煤び果てた二枚の障子――その處々に、朱筆で直した痕の見える平假名の清書が横に逆樣に貼られた――に、火花が映つてゐる。凡そ、村で人氣《ひとけ》のあるらしく見えるのは、此家と鍛冶屋と、南端れ近い役場と、雜貨やら酒石油などを商ふ村長の家の四軒に過ぎない。
ガタリ、ガタリと重い輛《くるま》の音が石高路《いしだかみち》に鳴つて、今しも停車場通ひの空荷馬車が一臺、北の方から此村に入つた。荷馬車の上には、スッポリと赤毛布を被つた馬子《まご》が胡坐《あぐら》をかいてゐる。と
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