\》と説いたものだ。
『ハハア、そのお人も矢張りお嫁樣に行つたのだなツす?』と、乳兒を抱いて來た嬶が訊いた。
『左樣さ。』と松太郎は額の汗を手拭で拭いて、『お美支樣が丁度十四歳に成られた時にな、庄屋敷村のお生家《うち》から、三眛田村の中山家へ御入輿《おこしいれ》に成つた。有難いお話でな。その時お持になつた色々の調度、箪笥、長持、總てで以て十四荷――一荷は擔ぎで、畢竟《つまり》平たく言へば十四擔ぎあつたと申す事ぢや。』『ハハア、有り難い事だなツす。』と、飛んだところに感心して、『ナントお前樣、此地方《ここら》ではハア、今の村長樣の嬶樣でせえ、箪笥が唯三竿――、否《うんにや》全體《みんな》で三竿でその中の一竿はハア、古い長持だつけがなッす。』
 二日目の晩は嬶共は一人も見えず、前夜話半ばに居眠をして行つた子供連と、鍛冶屋の重兵衞、三太が二三人朋輩を伴れて來た。その若者が何彼《なにか》と冷評《ひやか》しかけるのを、眇目《めつかち》の重兵衞が大きい眼玉を剥いて叱り附けた。そして、自分一人夜更まで殘つた。
 三日目は、午頃來《ひるごろから》の雨、蚊が皆家の中に籠つた點燈頃《ひともしごろ》に、重兵
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