》爲よう。奈何爲よう。」と、終ひには少し懊《ぢれ》つたくなつて來て、愈々以て決心が附かなくなつた。と、言つて、發《た》たうといふ氣は微塵もないのだ。「兎も角も。」この男の考へ事は何時でも此處に落つる。「兎も角も、村の樣子を見て來る事に爲よう。」と決めて、朝飯が濟むと、宿の下駄を借りて戸外に出た。
前日通つた時は百二三十戸も有らうと思つたのが數へて見ると、六十九戸しか無かつた。それが又穢ない家許りだ。松太郎は心に喜んだ、何がなしに氣強くなつて來た。渠には自信といふものが無い。自信は無くとも傳道は爲なければならぬ。それには、成るべく狹い土地で、そして成るべく教育のある人の居ない方が可いのだ。宿に歸つて、早速亭主を呼んで訊いて見ると、案の如く天理教はまだ入り込んでゐないと言ふ。そこで松太郎は、出來るだけ勿體を附けて自分の計畫を打ち明けて見た。
三國屋の亭主といふのは、長らく役場の小使をした男で、身長が五尺に一寸も足らぬ不具者で、齡は四十を越してゐるが、髯一本あるでなし、額の小皺を見なければ、まだホンの小若者としか見えない。小鼻が兩方から吸込まれて、物言ふ聲が際立つて鼻にかゝる。それが、『
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