並に喰つてはゐるが、生來の氣弱者、經驗のない一人旅に、今朝から七里餘の知らない路を辿つたので、心の膸《しん》までも疲れ切つてゐた。三日、四日と少しは慣れたものゝ、腹に一物も無くなつては、「考へて見れば目的の無い旅だ!」と言つたやうな、朦乎《ぼんやり》した悲哀が、粘々《ねば/\》した唾と共に湧いた。それで、村の入口に入るや否や、吠えかゝる痩犬を半分無意識に怕い顏をして睨み乍ら、脹《ふや》けた樣な頭を搾り、あらん限りの智慧と勇氣を集めて、「兎も角も、宿を見附る事《こつ》た。」と決心した。そして、口が自からポカンと開いたも心附かず、臆病らしい眼を怯々然《きよろ/\》と兩側の家に配つて、到頭、村も端れ近くなつた邊で、三國屋といふ木賃宿の招牌《かんばん》を見附けた時は、渠には既う、現世に何の希望も無かつた。
翌朝目を覺ました時は、合宿を頼まれた二人――六十位の、頭の禿げた、鼻の赤い、不安な眼附をした老爺と其娘だといふ二十四五の、旅疲勞《たびつかれ》の故《せゐ》か張合のない淋しい顏の、其癖何處か小意氣に見える女。(何處から來て何處へ行くのか知らないが、路銀の補助《たし》に賣つて歩くといふ安筆を、
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