――十月下旬の短い日が、何時しかトツプリと暮れて了つて、霜も降るべく鋼鉄色《はがねいろ》に冴えた空には白々と天の河が横《よこた》はつた。さらでだに虫の音も絶え果てた冬近い夜の寥《さび》しさに、まだ宵ながら家々の戸がピタリと閉《しま》つて、通行《とほ》る人もなく、話声さへ洩れぬ。重い重い不安と心痛が、火光《あかり》を蔽ひ、門《かど》を鎖し、人の喉を締めて、村は宛然《さながら》幾十年前に人間の住み棄てた、廃郷《すたれむら》かの様に※[#「門<嗅のつくり」、299−上−4]乎《ひつそり》としてゐる。今日は誰々が顔色が悪かつたと、何《いづ》れ其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事のみが住民《ひとびと》の心に徂徠《ゆきき》してるのであらう。
 其重苦しい沈黙《だんまり》の中に、何か怖しい思慮《かんがへ》が不意に閃く様に、北のトツ端《ぱづれ》の倒《のめ》りかかつた家から、時々パツと火花が往還に散る。それは鍛冶屋で、トンカン、トンカンと鉄砧《かなしき》を撃つ鏗《かた》い響が、地の底まで徹る様に、村の中程まで聞えた。
 其隣がお由と呼ばれた寡婦《や
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