かり酔つた。ハハ。神がこの世へ現はれて、か。ハツハハ。』と、坐つた儘で妙な手付。
 ドヤドヤと四五人の跫音が戸外《そと》に近いて来る。顔のしやくつたのが逸早く聞耳を立てた。
『また隔離所さ誰か遣られるな。』
『誰だべえ?』
『お常ツ子だべえな。』と、お申婆が声を潜めた。『先刻《さきた》、俺ア来る時《どき》、巡査ア彼家《あすこ》へ行つたけどら。今日検査の時ア裏の小屋さ隠れたつけア、誰か知らせたべえな。昨日《きのな》から顔色《つらいろ》ア悪くてらけもの。』
『そんでヤハアお常ツ子も罹《かか》つたアな。』と囁いて、一同《みんな》は密《そつ》と松太郎を見た。お由の眼玉はギロリと光つた。
 松太郎は、首を垂れて、涎《よだれ》を流して、何か『ウウ』と唸つてゐる。
 跫音は遠く消えた。
『帰《けえ》るべえどら。』と、顔のしやくつたのが先づ立つた。松太郎は、ゴロリ、崩れる如く横になつて了つた。
 それから一時間許り経つた。
 松太郎はポカリと眼を覚ました。寒い。炉の火が消えかかつてゐる。ブルツと身顫《みぶる》ひして体を半分|擡《もた》げかけると、目の前にお由の大きな体が横たはつてゐる。眠つたのか、小動
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