お申婆も口を添へる。
『何有《なあに》!』とお由は又言つた。そして、先刻《さつき》から三度目の同じ弁疏《いひわけ》を、同じ様な詰らな相な口調で付加へた、『晩方に庭の台木《どぎ》さ打倒《ぶんのめ》つて撲《ぶ》つたつけア、腰ア痛くてせえ。』
『少し揉んで遣べえが』とお申《さる》。
『何有《なあに》!』
『ワツハハ。』懶《けだる》い笑方をして、松太郎は顔を上げた。
『ハツハハ。酔へエばアア寝たくなアるウ、(と唄ひさして、)寝れば、それから何だつけ? ※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、何だつけ? ハツハハ。あしきを攘《はら》うて救けたまへだ。ハツハハ。』と、再《また》グラリとする。
『先生様ア酔つたなツす。』と、……皺くちやの一人が隣へ囁いた。
『真箇《ほんと》にせえ。帰《けえ》るべえが?』と、その又隣りのお申婆《おさるばあ》へ。
『まだ可《え》がべえどら。』と、お由が呟く様に口を入れた。
『こら、家《うち》の嬶、お前は何故、今夜は酒を飲まないのだ。』と松太郎は再《また》顔を上げた。舌もよくは廻らぬ。
『フム。』
『ハツハハ。さ、私《わし》が踊ろか。否《いいや》、酔つた、すつ
前へ 次へ
全39ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング