焚火が燃えて、居並ぶ種々の顔を赤く黒く隈取つた。近所の嬶共が三四人、中には一番遅れて来たお申婆《さるばばあ》も居た。
 祈祷も御神楽も済んだ。松太郎はトロリと酔つて了つて、だらしなく横座《よこざ》に胡坐《あぐら》をかいてゐる。髪の毛の延びた頭がグラリと前に垂れた。葡萄酒の瓶がその後に倒れ、漬物の皿、破茶碗《かけぢやわん》などが四辺《あたり》に散乱《ちらば》つてゐる。『其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》に痛えがす? お由殿《よしどな》、寝だら可《え》がべす。』
と、一人の顔のしやくんだ嬶が言つた。
『何有《なあに》!』
 恁《か》う言つて、お由は腰に支《か》つた右手を延べて、燃え去つた炉の柴を燻《く》べる。髪のおどろに乱れかかつた、その赤黒い大きい顔には、痛みを怺《こら》へる苦痛《くるしみ》が刻まれてゐる。四十一までに持つた四人の夫、それを皆|追出《おんだ》して遣つた悪党女ながら、養子の金作が肺病で死んで以来、口は減らないが、何処となく衰へが見える。乱れた髪には白いのさへ幾筋か交つた。
『真箇《ほんと》だぞえ。寝れば癒るだあに。』と
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