が家、月三円で、その代り粟八分の飯で忍耐《がまん》しろと言ふ。口に似合はぬ親切な野爺《おやぢ》だと、松太郎は心に感謝した。
『で、何かな、そのお由といふ寡婦《やもめ》さんは全くの独身住《ひとりずみ》かな?』
『然うせえ。』
『左様か。それで齢は老《と》つてるだらうな?』
『ワツハハ。心配《しんぺい》する事ア無《ね》え、先生。齢ア四十一だべえが、村一番の醜婦《みたくなし》の巨女《おほをなご》だア、加之《それに》ハア、酒を飲めば一升も飲むし、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》男も手余《てやまし》にする位《くれい》の悪酔語堀《ごんぼうほり》だで。』と、嚇かす様に言つたが、重兵衛は、眼を円くして驚く松太郎の顔を見ると俄かに気を変へて、
『そだどもな、根が正直者だおの、結句気楽な女《をなご》せえ喃《なあ》。』
 善は急げと、其日すぐお由の家に移転《うつ》つた。重兵衛の後に跟《つ》いて怖々《おづおづ》入つて来る松太郎を見ると、生柴《なましば》を大炉《おほろ》に折《をり》燻《く》べてフウフウ吹いてゐたお由は、突然《いきなり》、
『お前《めえ》が
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