、俺許《おらどこ》さ泊めて呉《け》ろづな?』と、無遠慮に叱る様に言ふ。
『左様さ。私《わし》はな……』と、松太郎は少許《すこし》狼狽《うろた》へて、諄々《くどくど》初対面の挨拶をすると、
『何有《なあに》ハア、月々三両せえ出せば、死《くたば》るまででも置いて遣《や》べえどら。』
 移転祝《ひつこしいはひ》の積りで、重兵衛が酒を五合買つて来た。二人はお由にも天理教に入ることを勧めた。
『何有《なあに》ハア、俺《おら》みたいな悪党女《あくたうをなご》にや神様も仏様も死《くたば》る時で無《ね》えば用ア無えどもな。何だべえせえ、自分の居《を》ツ家《とこ》が然《そ》でなかつたら具合《ぐあえ》が悪かんべえが? 然《そ》だらハア、俺《おら》ア酒え飲むのさ邪魔さねえば、何方《どつち》でも可《い》いどら。』
と、お由は、黒漿《おはぐろ》の剥げた穢い歯を露出《むきだし》にして、ワツハヽヽと男の様に笑つたものだ。鍛冶屋の門《かど》と此の家の門に、『神道天理教会』と書いた、丈《たけ》五寸許りの、硝子を嵌《は》めた表札が掲げられた。
 二三日経つてからの事、為様事《しやうこと》なしの松太郎はブラリと宿を出て、其
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