といふ希望を聴許《ゆる》した上に、今後伝道費として毎月金五円宛送る旨を書き添へてあつた。松太郎はそれを重兵衛に示して喜ばした上で、恁《か》ういふ相談を持掛けた。
『奈何《どう》だらうな、重兵衛さん。三国屋に居ると何の彼ので日に十五銭宛|貪《と》られるがな。そすると月に積つて四円五十銭で、私《わし》は五十銭しか小遣が残らなくなるでな。些《すこ》し困るのぢや。私《わし》は神様に使はれる身分で、何も食物の事など構はんのぢやが、稗飯《ひえめし》でも構はんによつて、モツト安く泊める家《うち》があるまいかな。奈何だらうな、重兵衛さん、私《わし》は貴方《あんた》一人が手頼《たより》ぢやが……』
『然うだなア!』と、重兵衛は重々しく首を傾《かし》げて、薪雑棒《まきざつぼう》の様な両腕を拱《こまね》いだ。月四円五十銭は成程この村にしては高い。それより安くても泊めて呉れさうな家が、那家《あそこ》、那家《あそこ》と二三軒心に無いではない。が、重兵衛は何事にまれ此方から頭を下げて他人《ひと》に頼む事は嫌ひなのだ。
 翌朝、家が見付かつたと言つて重兵衛が遣つて来た。それは鍛冶屋の隣りのお由《よし》寡婦《やもめ》
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