薄い。重兵衛それが平生《ひごろ》の遺恨で、些《ちよい》とした手紙位は手づから書けるを自慢に、益々頭が高くなつた。規定《きまり》以外の村の費目《いりめ》の割当などに、最先《まつさき》に苦情を言出すのは此人に限る。其処へ以て松太郎が来た。聴いて見ると間違つた理屈でもなし、村寺の酒飲和尚《さけのみおしやう》よりは神々の名も沢山に知つてゐる。天理様の有難味も了解《のみこ》んで了解《のみこ》めぬことが無ささうだ。好矣《よし》、俺《おら》が一番先に信者になつて、村の衆の鼻毛を抜いてやらうと、初めて松太郎の話を聴いた晩に寝床の中で度胸を決めて了つたのだ。尤も、重兵衛の遠縁の親戚が二軒、遙《ずつ》と隔つた処にゐて、既《とう》から天理教に帰依してるといふ事は、予《かね》て手紙で知つてもゐ、一昨年の暮弟の家に不幸のあつた時、その親戚からも人が来て重兵衛も改宗を勧められた事があつた。但し此事は松太郎に対して噎《おくび》にも出さなかつた。
翌朝、松太郎は早速○○支部に宛てて手紙を出した。四五日経つて返書が来た。その返書は、松太郎が逸早《いちはや》く信者を得た事を祝して其伝道の前途を励まし、この村に寄留したい
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