なア。』と言ひは言つたが、松太郎、余り諄《くど》く訊かれるので何がなしに二の足を踏みたくなつた。
『先生、そンだらハア、』と、重兵衛は突然《いきなり》膝を乗出した。『俺《おら》が成つてやるだ。今夜から。』
『信者にか?』と、鈍い眼が俄かに輝く。
『然うせえ。外に何になるだア!』
『重兵衛さん、そら真箇かな?』と、松太郎は筒抜けた様な驚喜の声を放つた。三日目に信者が出来る、それは渠の全く予想しなかつた所、否、渠は何時、自分の伝道によつて信者が出来るといふ確信を持つた事があるか?
 この鍛冶屋の重兵衛といふのは、針の様な髯を顔一面にモヂヤモヂヤさした、それはそれは逞しい六尺近の大男で、左の眼が潰れた、『眇目鍛冶《めつこかぢ》』と小供等が呼ぶ。齢は今年五十二とやら、以前《もと》十里許り離れた某町に住つてゐたが、鉈、鎌、鉞《まさかり》などの荒道具が得意な代り、此人の鍛《う》つた包丁は刃が脆いといふ評判、結局は其土地を喰詰めて、五年前にこの村に移つた。他所者《たしよもの》といふが第一、加之《それに》、頑固《いつこく》で、片意地で、お世辞一つ言はぬ性《たち》なもんだから、兎角村人に親《したし》みが
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